「この世界の片隅に」感想・主人公すずを通して伝えたい事とは?





「この世界の片隅に」この作品は実に奥が深いと感じました。

 

アニメ映画を観て思ったのは、原作(コミック)を見てから映画を見た方がいいです。

 

もしくは、予めざっとストーリーを把握してから映画を見た方がいいと感じました。

 

映画にしても1回だけではなくて2回か3回観た方がいいでしょう。

「この世界の片隅に」に描かれているテーマはいったい何だと思いますか?

 

詳しくお伝えしますので、最後までご覧いただければ幸いです。

 

「この世界の片隅に」感想・原作を読んでから映画を見よう!

 

「この世界の片隅に」アニメ映画は同名漫画を原作にしたものです。

漫画として描かれた原作のエピソードを多く映画に使用しているため、テンポが早すぎるという印象です。

 

限られた時間の中なので詰め込みすぎは致し方ないですが、内容を理解できずに通り過ぎてしまう感じです。

 

そのため、いきなり映画を見るのではなくて、原作を一読してから映画を見るのがいいでしょう。

通常の映画なら前知識がなくても十分楽しめるし、どういう展開になるのか知らない方がいいかもしれませんね。

 

でも「この世界の片隅に」限っていえば、アニメ映画といえども結構難解なところがあります。

そのため「この世界の片隅に」原作を熟読しないまでも、ざっと目を通しておくことをおすすめします。

 

「この世界の片隅に」感想・すずのキャラクターで癒される!

 

「この世界の片隅に」は難解なところもありますが、主人公すずのキャラクターで、難解さを中和している感があります。

観る人をあきさせない、ほっこりさとユーモアでほのぼのとした笑いのエピソードが織り込まれています。

 

戦争を背景にした過酷な時代ですが、喜劇映画としての面白さも兼ね備えた側面も持ち合わせています。

また、戦時中の極限状態のなかでも、楽しそうに振る舞うすずの姿が印象的です。

 

楠木正成が考案した料理を作ったり、好きな絵をかいたりする場面はほのぼのとした心情にさせてくれます。

戦時下の女性を描いた映画は、つらく苦しい場面で埋め尽くされているのが一般的です。

「この世界の片隅に」限って言えば、今までの戦争映画と一線を画していて、とても新鮮です。

 

「この世界の片隅に」感想・自分自身に置き換えて映画を観よう!

 

それでも、戦局がだんだん悪化していくと、作品そのものから戦争の悲惨さが伝わってくるようになります。

牧歌的でのんびりとした雰囲気の主人公すずも過酷な運命に翻弄されていきます。

 

生活の場面場面をユーモラスに描いていたからこそ、過酷な運命に翻弄されていく様子はより悲惨に感じます。

 

過去の時代、特に戦争が絡んだ作品は、過去の世界を現代とは別次元のものとして表現しがちです。

だから、作品を見ていても別世界で起こっていることは自分とは無関係なものとして捉えがちになってしまいます。

 

ところが「この世界の片隅に」は、現在の視点から過去を描こうと意図しているので、リアルさを感じるのです。

自分が生きていない時代であっても、太平洋戦争が、ついこの前の出来事のような気分になってしまうのです。

 

また、男と女の愛情が絡む場面や生々しい三角関係が描かれてるので、身近でどこにでも起こりうることと印象付けています。

戦時中の人間を異質な存在として扱うのではなくて、現代にも通じる生身の人間として描いています。

そこが作者の狙いでもあるし、観客も自分自身に置き換えて見ることが出来るのです。

 

「この世界の片隅に」感想・すずの怒りの理由とは?

 

主人公すずは、ぼぉーとしてのんびりした受け身の人間として表現されています。

 

 

義姉からすずを見ると自分からは何もできない、主体性のないつまらない人間であると思っています。

 

でもすずは、戦時中の暗い世の中でも、周囲と溶け込みながらマイペースで生きることを良しとしています。

 

そんな、普段穏やかなすずが、激しい怒りを現す場面があります。

「玉音放送」を聴いた直後のことで、今までのすずからは想像できない激しい感情表現でした。

 

すずは、爆弾で片腕を無くし、家族の命を奪われ、計り知れない犠牲を受けた挙句の果てに日本が降伏してしまう。

 

何故、最後の一人になるまで戦おうとしないのか?日本は正義のために戦っていたのではないのか?

日本は正義のために戦っていると教えられてきた彼女は、日本の敗戦が信じられませんでした。

やがて、すずは、敗戦によって、今まで正義だと信じていたことが間違いであったことに気づきます。

そして今まで正義と信じていたことが180度変わる無責任さを感じてしまうのです。

 

「この世界の片隅に」感想・普通の人間が普通に生きる権利とは?

 

すずの幼馴染の水原は、死んでも英霊として拝まないで「普通の人間」として扱ってほしいとすずに語ります。

すずの義姉も戦争によって人生が狂い普通の幸せを奪われた人間です。

 

戦争が終わり、生き残った市民の多くが、家族や大事な人たちを奪われ陰で一人で泣いていたんだと思います。

 

「この世界の片隅に」で伝えたいのは、普通の人間が普通に生きる権利を奪われる悲劇ではないでしょうか?

普通の日常があって、普通に生活して、普通に生きることの大切さを伝えたいのだと思います。

すずは道に迷い、遊郭で生きる女性に助けられる場面があります。

 

すずを助けた女性も自由な意志を奪われ自由な生活を奪われた存在です。

 

 

すずはお礼として、甘いものを絵に描いて彼女に見せますが、これらは戦時中にはなかなか手に入れることのできないものです。

 

「この世界の片隅に」感想・自由な意志を奪われた悲劇とは?

 

「この世界の片隅に」で、救いになっているのは、人間同士が支え合い助け合って生きていくという部分だと思います。

 

 

目の前に困っている人がいたら手助けすることにによって、ほんの少しだけ救われるのも事実です。

 

今も日本や世界のどこかで起こっているのは、自由な意志を暴力によって奪われるという悲劇です。

「この世界の片隅に」では戦争を通して自由な意志を奪われた悲劇を描いています。

それは、戦時下だから起こったのではなくて、現代でも起こりうることだと思います。

 

現実にはどこかで起こっているのかもしれませんが、自由な意志を奪われることに対しての警笛です。

 

まとめ

 

「この世界の片隅に」この作品は実に奥が深い名作と言えます。

「この世界の片隅に」映画は展開が早いので、内容をある程度頭にいれて観た方がいいでしょう。

 

「この世界の片隅に」普通に生活して、普通に生きることの大切さを伝えています。

 

「この世界の片隅に」では戦争を通して自由な意志を暴力によって奪われた悲劇を描いています。

 

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